日本歴史地名大系 「三拝河岸村」の解説 三拝河岸村さんばいがしむら 栃木県:小山市三拝河岸村[現在地名]小山市三拝川岸(さんばいかわぎし)南流する思(おもい)川とその支流姿(すがた)川の合流点付近より少し下流に位置し、東は大町(おおまち)村、南は島田(しまだ)村、北は半田(はんだ)村。当地より富士・筑波(つくば)・日光の三山が見えるので村名となったという。元禄・天保両郷帳では「三盃川(河)岸村」と記される。慶安四年(一六五一)の「下野一国」に三倍河岸とある。寛文五年(一六六五)の検地帳(田波文書)が残り、下総古河藩土井氏による検地が実施されている。元禄七年(一六九四)幕府領、宝永三年(一七〇六)以降旗本遠山領。天保一一年(一八四〇)の村明細帳(同文書)によれば高二七石余、家数一四・人数六八、男は農業のほか筏乗渡世をし、河岸運上を上納する。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by