三星院古墳群(読み)さんせいいんこふんぐん

日本歴史地名大系 「三星院古墳群」の解説

三星院古墳群
さんせいいんこふんぐん

[現在地名]豊富村木原

曾根そね丘陵のうちの七覚しつかく川に沿った一支丘上、標高三〇八メートル付近に立地する。横穴式石室を主体とする一〇基ほどの円墳などで構成されていたようだが、現存するものはごくわずかである。一号墳は古くは等々力坊の墓とよばれ、三星院永代の墓石が安置されている。造出し付円墳ないし帆立貝式古墳と考えられ、概測で主軸長四〇メートル、円丘部の底径三六メートル・頂径一三メートル・高さ六メートル、突出部の長さ四メートル・高さ三メートルくらい。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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