コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

三浦貞連 みうら さだつら

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

三浦貞連 みうら-さだつら

?-1336 鎌倉-南北朝時代の武将。
建武(けんむ)2年足利尊氏の京都進攻にしたがう。侍所頭人(さむらいどころとうにん)に任命されたが,3年1月27日賀茂河原の戦いで討ち死に。初名は貞明。通称は六郎左衛門尉。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

三浦貞連

生年:生没年不詳
鎌倉・南北朝時代の武将。父は時明,母は大多和行秀の娘。初名貞明,通称六郎左衛門尉。因幡守。宝治合戦(1247)で北条・安達氏により三浦宗家が滅ぼされたのち,和泉守護佐原義連の一流が同氏を継ぎ,元弘討幕には一族を挙げて加わった。しかし建武2(1335)年の中先代の乱で兄時継が北条時行方についたため,室町幕府は貞連を登用。佐々木仲親と共に侍所頭人に任ぜられた。建武4/延元2年には甥の高継が頭人となったが,その後の三浦氏は振るわず動静も明らかでない。

(今谷明)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

三浦貞連の関連キーワード延元日本におけるおもな時代区分宇佐輔景楠木正成楠木正季後伏見天皇少弐貞経相馬重胤千種忠顕土居通増

今日のキーワード

コペルニクス的転回

カントが自己の認識論上の立場を表わすのに用いた言葉。これまで,われわれの認識は対象に依拠すると考えられていたが,カントはこの考え方を逆転させて,対象の認識はわれわれの主観の構成によって初めて可能になる...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android