三王渕村(読み)さんのうぶちむら

日本歴史地名大系 「三王渕村」の解説

三王渕村
さんのうぶちむら

[現在地名]燕市三王渕

灰方(はいがた)村の東にあり、北は関崎(せきさき)村に接する。古くは三王淵新田と称した。正保国絵図には三王渕村高一三〇石余とあり、幕府領。慶安二年(一六四九)村上藩領となり、明暦三年(一六五七)の検地帳写(田野家文書)によれば村高四五七石九斗(反別四五町五反)、本田二二二石(一九町六反)・本畑四七石八斗(九町一反)、屋敷二四石二斗(三町二反)、見取新田一六二石(一三町五反)、新田一石九斗(一反)。五左衛門・市右衛門・三右衛門の三人が耕地の九六パーセントを占め、二九人の百姓はすべて四反以下。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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