三田尻御茶屋(読み)みたじりおちゃや

防府市歴史用語集 「三田尻御茶屋」の解説

三田尻御茶屋

 1654年、毛利綱広[もうりつなひろ]によって、藩主の休息施設として建てられ、何度か改築が行われながら、現在まで残っています。一時期毛利重就[もうりしげたか]が藩主をしりぞいた後に移り住み、「三田尻御殿[みたじりごてん]」と呼ばれたこともありました。1939年に防府市に寄付された時に、毛利重就の法名から「英雲荘[えいうんそう]」と名付けられています。

出典 ほうふWeb歴史館防府市歴史用語集について 情報

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