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毛利綱広 もうり つなひろ

美術人名辞典の解説

毛利綱広

江戸中期の大名。萩藩毛利家第二代当主。通称は千代熊丸。承応2年元服し綱広と名のる。貞宗の御脇指を拝賜し、従四位下侍従に叙任され、大膳大夫と改めた。天和2年致仕し、得物正宗の刀・有明の茶壷を奉った。元禄2年(1689)歿、51才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

毛利綱広 もうり-つなひろ

1639-1689 江戸時代前期の大名。
寛永16年11月20日生まれ。毛利秀就(ひでなり)の4男。慶安4年(1651)長門(ながと)(山口県)萩(はぎ)藩主毛利家2代となる。万治(まんじ)3年(1660)毛利元就(もとなり)以来の掟書(おきてがき)などを集大成した「万治制法」を藩内に公布した。元禄(げんろく)2年4月17日死去。51歳。

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防府市歴史用語集の解説

毛利綱広

 萩藩の2代目藩主です。毛利家の基本的な法律である万治制法[まんじせいほう]をまとめました。また、三田尻御茶屋[みたじりおちゃや]をつくらせたのも綱広です。

出典|ほうふWeb歴史館防府市歴史用語集について | 情報

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