三町縄手町(読み)さんちようなわてちよう

日本歴史地名大系 「三町縄手町」の解説

三町縄手町
さんちようなわてちよう

[現在地名]近江八幡市縄手町元なわてちようもと縄手町中なわてちようなか縄手町末なわてちようすえ

鍵之手かぎのて町の南に続き、朝鮮人街道に沿う両側町。北から順に三町縄手元町・三町縄手中町・三町縄手末之町の三町からなり、「輿地志略」にも三町縄手三町とある。東は市井いちい村、南・西ははやし村で、八幡町の東入口にあたる。三町縄手元町の縄手入口なわていりくち(現音羽橋)のたもとには木戸(黒門)が設けられ、三町縄手末之町の最南端、林村境には文久三年(一八六三)建立道標、元治元年(一八六四)建立の常夜灯が残る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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