上三永村(読み)かみみながむら

日本歴史地名大系 「上三永村」の解説

上三永村
かみみながむら

[現在地名]東広島市西条さいじよう町上三永

西条盆地の東端に位置する。東西に長く北向きに緩く傾斜する谷を三永川が西流。南北とも標高四〇〇メートル(比高二〇〇メートル)の山が連なるが、北部谷あいを山陽道(西国街道)が走る。北と東は豊田郡田万里たまり(現竹原市)

中世は西の下三永しもみなが村とともに三永村と称され、元弘三年(一三三三)一二月八日付後醍醐天皇綸旨(福成寺文書)福成ふくじよう寺領三永のことがみえ、正平一三年(一三五八)一二月八日付後村上天皇綸旨(同文書)には「東条郷之内三永村」を福成寺に寄進するとある。文明七年(一四七五)以前に三永の地は大内政弘から毛利豊元に与えられたが(毛利家文書)、大永三年(一五二三)頃には三永村三〇〇貫のうち半分が福成寺領、半分が大内方諸給人の知行となっている(同年八月一〇日付「安芸東西条所々知行注文」平賀家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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