日本歴史地名大系 「上井草村」の解説 上井草村かみいぐさむら 東京都:杉並区上井草村[現在地名]杉並区今川(いまがわ)一―四丁目・善福寺(ぜんぷくじ)一―四丁目・桃井(ももい)一―四丁目・上荻(かみおぎ)四丁目・上井草三―四丁目・西荻北(にしおぎきた)三―五丁目下井草村・上荻窪(かみおぎくぼ)村の西に位置し、中央を青梅(おうめ)街道、北部を石神井(しやくじい)村(現練馬区)を経て武蔵国所沢に至る道(所沢道)が通る。古くは遅野井(おそのい)村と称した(風土記稿)。もとは下井草村と一村で、支配領主の変遷も下井草村に同じ。田園簿・元禄郷帳・天保郷帳など郷帳類では一貫して井草村一村で高付された。しかし観泉(かんせん)寺に与えられた慶安二年(一六四九)の朱印状写(観泉寺蔵)に「上井草村観泉寺」とみえ、この頃までに旗本今川領内では二分されていたようである。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by