上保内村(読み)かみほないむら

日本歴史地名大系 「上保内村」の解説

上保内村
かみほないむら

[現在地名]三条市上保内

嵐北東山丘陵沿い、および布施谷ふせだに川など沢沿いに開けた村で、北は下保内村、南は柳沢やなぎさわ村。村域内には前方後円墳を含む三王山さんのうやま古墳群があり、字石川いしかわからは平安時代の須恵器出土中世には粟生田あおだ保の地であったと考えられ、保内の称もこれによると思われる。天正五年(一五七七)の三条衆給分帳および三条領闕所帳(市川浩一郎氏蔵)に「保内」「保内のうち」などとみえる。また文禄四年(一五九五)六月一一日の直江兼続黒印状(上松文書)に保内六ヵ村として記されたなかに、本所ほんじよ村・二山ふたつやま村など当村域内の地名がみえる。東山丘陵の下条げじよう(現加茂市)との境、ひめじよう(二一三メートル)頂上には戦国期の砦跡がある。山頂からは大崎おおさき城をはじめ加茂城(要害山、現加茂市)などが望める。頂にはやや長方形の広場があり、凹地となっている。東西両側は急崖で、南北へ延びる尾根には深い堀切がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

貨幣 (名目) 賃金額を消費者物価指数でデフレートしたもので,基準時に比較した賃金の購買力を計測するために用いられる。こうしたとらえ方は,名目賃金の上昇が物価の上昇によって実質的には減価させられている...

実質賃金の用語解説を読む