日本歴史地名大系 「上俣野村」の解説 上俣野村かみまたのむら 神奈川県:横浜市戸塚区上俣野村[現在地名]戸塚区俣野(またの)町東は原宿(はらじゆく)村、西南は高座(こうざ)郡西俣野(にしまたの)村(現藤沢市)、北は和泉(いずみ)村と接する。境(さかい)川が西南境を東南流する。和泉川が西北端を南流して境川に合流する。宇田(うだ)川が東南境を南流して境川に合流する。鎌倉道が東俣野村から入り和泉村に通じる。「吾妻鏡」建久六年(一一九五)一一月一九日条に「相模国大庭御厨俣野郷」とある。「鶴岡八幡宮寺供僧次第」によれば八幡宮供僧の料田に俣野があった。小田原衆所領役帳には後藤助次郎「拾五貫四百四拾文 東郡俣野開」、新藤下総守「廿貫文 東郡大場向俣野」とある。天正二〇年(一五九二)二月の石川重政宛行状(県史八)に「上俣野村二給 二十石」とある。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by