上北大野村(読み)かみきたおおのむら

日本歴史地名大系 「上北大野村」の解説

上北大野村
かみきたおおのむら

[現在地名]竜北町大野おおの

俗に「中大野」と称する。東は大野村本山もとやま、南は立神たてがみ(現宮原町)、西は東野津ひがしのづ村・南大野村、北は吉本よしもと村と接する。村の中央を立神境より大瀬田おおせた川まで南北に横断する「中ノ川」は、明治初期の道路川井手塘野取帳(花岡興輝氏蔵)に「谷川七百三拾五間 幅弐間」とある。

上天堤かみあまづつみと南大野村北川きたがわの境界付近にある前方後円墳姫の城ひめのじよう古墳周濠をもつ一一〇・九メートルの規模があり、周辺には円墳が多くみられたが、円墳のほとんどは柑橘園造成のために失われた。姫の城古墳には形象埴輪・円形埴輪、石製の靫・蓋・翳などが出土し、付近に蔵骨器数点も確認されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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