上吉田村・下吉田村(読み)かみよしだむら・しもよしだむら

日本歴史地名大系 「上吉田村・下吉田村」の解説

上吉田村・下吉田村
かみよしだむら・しもよしだむら

[現在地名]上中町上吉田・下吉田

脇袋(わきぶくろ)村西方の平地部に位置する。東に上吉田、西に下吉田があり、下吉田の西方井根(いね)山の裾で鳥羽(とば)川が北(きた)川に合する。中世は吉田庄として推移。「羽賀寺年中行事」に「粟屋右馬允牢人衆、天文廿一壬子年三月(中略)同廿一日責入リ、吉田ヲ焼キ」とみえ、弘治二年(一五五六)六月の明通寺鐘鋳勧進算用状(林屋辰三郎氏蔵)に「百卅文 上吉田村」「六十八文 下吉田」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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