上士別村(読み)かみしべつむら

日本歴史地名大系 「上士別村」の解説

上士別村
かみしべつむら

[現在地名]士別市上士別町、上川郡朝日あさひ町字中央ちゆうおうなど

大正二年(一九一三)から昭和二九年(一九五四)まで存続した上川郡の村。現士別市の東部を占めた。大正二年四月に士別村から分離、二級町村として成立した。中士別なかしべつ上士別かみしべつの二字を編成。成立時の戸数八二〇・人口五千四七六(新士別市史)。昭和二四年朝日村(現朝日町)を分村。当地の開拓は明治三二年(一八九九)に殖民地区画が設定され、翌三三年に富山虎三郎(富山県人)が一二戸を率いて入地したのに始まる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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