上大工町・下大工町(読み)かみだいくまち・しもだいくまち

日本歴史地名大系 「上大工町・下大工町」の解説

上大工町・下大工町
かみだいくまち・しもだいくまち

[現在地名]洲本市本町ほんまち一丁目・海岸通かいがんどおり二丁目

馬場ばば町の北の東西の通りが上大工町、同町西端から北へ折れた南北の通りが下大工町である。上大工町の東端内湊うちみなと西岸に達し、問屋といや橋に続いていた。下大工町の北端元地もとじ。それぞれ山下さんか一八町の一で、うち町のうち。上大工町の長さは馬場町の通りを挟んで四四間と二二間、下大工町の長さは東側四六間、西側五三間。上大工町は延宝(一六七三―八一)頃までは船大工町と称したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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