上大曾村(読み)かみおおぞむら

日本歴史地名大系 「上大曾村」の解説

上大曾村
かみおおぞむら

[現在地名]二宮町上大曾

谷田貝(やたがい)村の北西、鬼怒川東岸の洪積平坦地に位置し、南は下大曾村。応永二三年(一四一六)一〇月五日の関東公方足利持氏御判御教書案(皆川文書)に大曾郷とみえ、同郷は木戸駿河守の所領であったが上杉禅秀の乱により没収され、長沼義秀に与えられた。天正一三年(一五八五)一一月二一日夜、河内(かわち)郡上三川(かみのかわ)城主成田左馬佐は鬼怒川を渡り、中村(なかむら)八幡宮(現真岡市)を右手にみて進み、大曾の在家に放火、水谷正村の久下田(くげた)城を大手より攻め込んだが敗れたという(那須記)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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