上文挟村(読み)かみふばさみむら

日本歴史地名大系 「上文挟村」の解説

上文挟村
かみふばさみむら

[現在地名]上三川町上文挟

鬼怒川右岸の低地に位置し、村の中央やや東寄りをたに川が南流する。南は東汗ひがしふざかし村、南流する鬼怒川が東を限る。慶安郷帳・元禄郷帳では「上文村」と記す。近世を通じて宇都宮藩領。慶安郷帳では田高三一九石余・畑高五九石余。元禄郷帳では高三八六石余で幕末まで変化なし。文政一〇年(一八二七)の家数二二(うち農間渡世の居酒屋一)・人数一〇四(「農間商人取調」早乙女俊夫文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む