日本歴史地名大系 「上板並村」の解説 上板並村かみいたなみむら 滋賀県:坂田郡伊吹町上板並村[現在地名]伊吹町上板並下板並村の北、南流する姉(あね)川左岸に位置。北の吉槻(よしつき)村境で支流足俣(あしまた)川が左岸より姉川に流入。東は伊吹山地で同山頂から北に延びる尾根上の国見(くにみ)岳(一一二八メートル)と虎子(とらこ)山(一一八三メートル)の間の鞍部に国見峠(標高約八五〇メートル)がある。姉川支流板名古(いたなこ)川沿いにさかのぼりカラオ谷を経て峠に達し、美濃国揖斐(いび)郡寺本(てらもと)村(現岐阜県春日村)へ出る道がある。西は天吉寺(てんきちじ)山―七尾(ななお)山塊を境に醍醐(だいご)村(現東浅井郡浅井町)。寛永石高帳に村名がみえ高二一九石余、幕府領。元禄郷帳では高二九七石余、旗本小堀政尹領(幕末に至る)。嘉永元年(一八四八)の物成勘定帳并村高家数人別帳写(上板並区有文書)によれば高二一九石余、うち川成名砂入・川欠引二三石余、残りの一九六石余が毛付高、うち本途高一九一石余・取米七四石余(免三ツ九分一里)、残りは川原大豆高、ほかに小物成九石余・油綿年貢二九石余・口米三石余・夫米一石余、炭・蕎麦・艾冥加金永一六六文余を負担。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by