上河原分(読み)かみかわらぶん

日本歴史地名大系 「上河原分」の解説

上河原分
かみかわらぶん

[現在地名]会津若松市蚕養町こがいまち白虎町びやつこまち扇町おうぎまち山見町やまみまちなど

東は蚕養分、西は上荒久田かみあらくだ村、南は若松城下滝沢たきざわ町、北は藤原ふじわら村に接する若松町分の一つで東黒川ひがしくろかわに属する。昔はくるま(のち黒川)の流路であった所を耕地としたので河原の名がある。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録の大沼郡に上河原とあり、高六二四石余。貞享二年(一六八五)の「会津郡東西黒川分覚書」では上川原分とあり、高六五三石余で肝煎二・地首二・小走一がいた。文化一五年(一八一八)の村日記では高七〇〇石余。化政期の家数三で、滝沢村に雑居している(新編会津風土記)。明治四年(一八七一)の家数八・人数四六(人員録)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む