上津下村(読み)こうづしもむら

日本歴史地名大系 「上津下村」の解説

上津下村
こうづしもむら

[現在地名]北区長尾町上津ながおちようこうづ上津台こうづだい一―四丁目・同六丁目・同九丁目

上宅原かみえいばら村の西に位置し、中世には有馬ありま上津畑こうづはた庄に含まれた。村域北部を長尾川が東流。慶長国絵図では上津上村とともに「コウツ畑村」一千六五石余に含まれる。慶長六年(一六〇一)三田藩主有馬則頼領、翌七年から元和六年(一六二〇)までは則頼の子で丹波福知山藩主有馬豊氏領とみられ、元和三年の摂津一国御改帳の玄蕃(豊氏)領「下村」四一六石余が当村にあたる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む