上積翠寺村(読み)かみせきすいじむら

日本歴史地名大系 「上積翠寺村」の解説

上積翠寺村
かみせきすいじむら

[現在地名]甲府市上積翠寺町

下積翠寺村の北西、相(あい)川上流にある。枝郷に洞(ほら)・馬込(まごめ)があり、宝暦六年(一七五六)の村明細帳(県立図書館蔵)では西馬込・中洞・深草(ふかくさ)が記される。貞享元年(一六八四)の検地帳(同館蔵)に村名がみえ、高二四三石余、反別は田八町余でうち麦田三町六反余、畑九町三反余、新検出の山畑四町余、屋敷一町八反余。ほかに積翠寺領七石余・山王(現日吉神社)領二石余。享保九年(一七二四)幕府領となる。詳細は不明だが、宝暦頃川田代官支配下にあり(前掲村明細帳)、のち甲府代官支配となったと推定される。宝暦六年版の三郡村高帳では高三一八石余。天明四年(一七八四)石和代官支配、寛政五年(一七九三)には再び甲府代官支配と推定される(「訴状」県立図書館蔵など)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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