上繁岡村(読み)かみしげおかむら

日本歴史地名大系 「上繁岡村」の解説

上繁岡村
かみしげおかむら

[現在地名]楢葉町上繁岡

阿武隈高地から延びる丘陵台地上にあり、南東は下繁岡村、北は上郡山(かみこおりやま)村(現富岡町)、井出(いで)川を挟んだ南に飛地の松(まつ)ヶ岡(おか)がある。楢葉郡村々新田開発年数覚(内藤家文書)によれば、延宝四年(一六七六)繁岡新田・松ヶ岡新田が成立し、同六年繁岡村が成立する。地名は広大な台地状の様子から起こったと思われ、井出村から分村したといわれる。その後上・下に分村し、元禄郷帳では上繁岡村とあり、高八〇〇石余。領主の変遷は初め磐城平藩領、延享四年(一七四七)幕府領となる。内藤氏の磐城平藩領時代には新切により郷士を仰せ付けられた在郷給人がいた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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