上野広小路町(読み)うえのひろこうじまち

日本歴史地名大系 「上野広小路町」の解説

上野広小路町
うえのひろこうじまち

[現在地名]台東区上野うえの三―四丁目

明治二年(一八六九)上野北大門うえのきただいもん町東側・上野元黒門うえのもとくろもん町東側・下谷常楽院したやじようらくいん門前が合併して起立寺地を合併した。下谷広小路(上野広小路)は上野元黒門町・上野北大門町・常楽院門前・上野仁王うえのにおう門前町上野仁王門前御家来屋敷の五ヵ所の表通りをいう。古くは下谷村の内であった。正保(一六四四―四八)頃には大僧正だいそうじよう町とよばれていたらしい(正保江戸絵図)大僧正は寛永寺初代天海をさすから同寺の支配地だったのであろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む