上金屋町(読み)かみかなやまち

日本歴史地名大系 「上金屋町」の解説

上金屋町
かみかなやまち

[現在地名]富山市辰巳町(たつみちよう)一―二丁目・室町通り(むろまちどおり)二丁目

寺内(じない)町の南で、同町に並行して東西に延びる両側町。西は材木(ざいもく)町、東は鼬(いたち)川に至る。田地方のうち。寛文六年(一六六六)の御調理富山絵図に金屋町と記載され、前田利次による町割当初からの町。鼬川対岸、北方の下金屋町に対して上金屋町と称したのであろう。天保一二年(一八四一)の富山町方旧事調理は往古より鋳物師が在住したことから金屋町と称したと伝えている。なお富山城下における鋳物師の起源は不詳であるが、古国府勝興(ふるこしようこう)寺蔵の梵鐘の銘に、元和三年(一六一七)一〇月一日付で「新川富山金屋 藤原朝臣入道々□吾 家益 家政」とみえ、前田利長が富山城に移った慶長一〇年(一六〇五)には存在していたと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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