上飯沼村(読み)かみいいぬまむら

日本歴史地名大系 「上飯沼村」の解説

上飯沼村
かみいいぬまむら

[現在地名]茨城町上飯沼

涸沼(ひぬま)川の右岸に位置し、西は木部(きべ)村。中世は宍戸氏の支配下にあった。江戸時代は元禄郷帳に「上飯沼村」とみえ、天領・旗本領。幕末の村高は天領六六・五石余のほか中山・坂上・河野・小菅各氏の知行高各三三・三石余、鹿島神社の朱印地三石となっている(各村旧高簿)。

慶長七年(一六〇二)秋田氏領となったことを示す御知行之覚(秋田家文書)に、いゝ沼村七九四・五二石とある。古くは飯沼村一村であったが、貞享年間(一六八四―八八)に上飯沼・下飯沼、飯沼新田(現飯沼)の三村に分れた(茨城県町村沿革誌)という。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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