日本歴史地名大系 「下五ケ村」の解説 下五ケ村しもごかむら 群馬県:邑楽郡板倉町下五ケ村[現在地名]板倉町下五箇(しもごか)谷田(やた)川右岸に位置し、北は谷田川を挟んで海老瀬(えびせ)村、東と南は旧合(あい)の川を挟んで柳生(やぎゆう)村・飯積(いいづみ)村(現埼玉県北埼玉郡北川辺町)、西は高鳥(たかとり)村。宇奈根(うなね)を除く樋(ひ)ノ口(くち)・小合地(こごうち)・五箇・中妻(なかづま)・谷新田(やしんでん)の集落は、自然堤防上に点々と立地している。地名の起りは谷新田を除く五箇の集落のまとまりであり、利根川沿岸の上五箇村(現千代田町)に対比するものであろう。谷新田は時期は不明であるが、江戸時代初期の開発によると思われる。村内の石仏には集落名に村(樋ノ口村など)が刻まれている。町内の他の村ではほとんど見られない事例である。天正一二年(一五八四)六月一四日の冨岡氏の所領を示す北条氏直宛行状(原文書)に「館林領之内」として「五賀」が記される。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by