下伊草村(読み)しもいぐさむら

日本歴史地名大系 「下伊草村」の解説

下伊草村
しもいぐさむら

[現在地名]川島町下伊草

伊草宿の南、越辺おつぺ川左岸にあり、集落は同川の自然堤防上に発達する。東は角泉かくせん村。天正一六年(一五八八)正月六日の太田氏房印判状写(武州文書)に「井草本郷 下いくさひき分 かくせん立川分」とみえ、岩付いわつき(現岩槻市)の外構え普請人足三人の出役が当地角泉村などに命じられた。なお翌一七年一一月二六日の太田氏房印判状写(同文書)によると比木(比企)藤四郎に対して「井草之内六貫文之御給田」などが与えられているが、藤四郎(比企能員の末という)子孫近世には当地に住していた(風土記稿)

田園簿では伊草宿の高に含まれていたと思われる。寛文四年(一六六四)の河越領郷村高帳に村名がみえ、高二六八石余、反別は田一七町九反余・畑一五町二反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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