下佐世村(読み)しもさせむら

日本歴史地名大系 「下佐世村」の解説

下佐世村
しもさせむら

[現在地名]大東町下佐世

あか川の支流佐世川下流域に位置する。北は養賀ようか村、立原たちばら(現加茂町)。「出雲国風土記大原郡みえる佐世小川は「源は阿用山より出で、北は流れて海潮川に入る。魚なし」と記され、現在の佐世川に比定される。古代中世は佐世郷に含まれた。正保国絵図には佐世村がみえ、まだ上下に分立していなかった。慶安三年(一六五〇)にも未分立で、同年の佐世村検地帳によると田方九八町三反余・分米一千二三五石余、畑方二八町二反余・分米一九四石余、ほかに白神八幡領がある。屋敷数は引屋敷一八(うち御蔵屋敷一)・御役目屋敷五七。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む