下勝間村(読み)しもかつまむら

日本歴史地名大系 「下勝間村」の解説

下勝間村
しもかつまむら

[現在地名]高瀬町下勝間

高瀬川中流域左岸にあり、上勝間村の西に位置する。丸亀に通じる伊予街道が通る。万治年間(一六五八―六一)勝間村が上下に分村して成立。「西讃府志」によれば村の広さは東西一四町一五間・南北一四町六間。高一千六八石余、反別は一一五町九反余、うち畑九町九反余・屋敷五町五反余。家数二七五・人数一千一八六、牛二〇七・馬七。池は相本(あいもと)池(周囲六町四間、漑田一〇町二反余)、菖蒲(しようぶ)池(周囲五町三二間、漑田内池と合せて一〇町六反余)、菰(こも)池(周囲五町三八間、漑田内池と合せて六町余)、渡池(周囲五町一三間、漑田中池と合せて一三町七反余)など一九。坪内(つぼうち)大明神・六作大明神、威徳(いとく)院(現高野山真言宗勝造寺)・柞原(くわら)寺(現単立)などがある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む