下北迫村(読み)しもきたばむら

日本歴史地名大系 「下北迫村」の解説

下北迫村
しもきたばむら

[現在地名]広野町下北迫・広洋台(こうようだい)

東は太平洋、南は北迫川を挟んで下浅見川(しもあさみがわ)村、西は上北迫村。もと北迫村の内で、寛文―延宝年間(一六六一―八一)に上下に分村したと伝える。しかし郷帳類では一貫して北迫村一村で記される。文禄四年(一五九五)の四郡検地高目録に「北はさま村」とあり、高五九五石余。慶長一三年(一六〇八)の岩城領分定納帳(内藤家文書)では北迫之村とあり、高八六八石余。正保郷帳では田方六六一石余・畑方二二一石余で、このうちに林蔵(りんぞう)寺領一五石がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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