下南室村(読み)しもなむろむら

日本歴史地名大系 「下南室村」の解説

下南室村
しもなむろむら

[現在地名]北橘村下南室

赤城山南西麓に位置し、北に赤城山の火山泥流の末端溢流によって形成された十二じゆうに(三五〇・九メートル)があり、その南に横野よこの川・山田川の二流台地を刻んで輻射谷をつくる複雑な地形の地域。北は小室こむろ村、東は上南室村。「郡村誌」によるともとは南室村一村であったが、天正年中(一五七三―九二)上下に分村したという。しかし寛文郷帳では南室村で高付されている。田方一七七石余・畑方六四石余、前橋藩(幕末に至る)。元禄二年(一六八九)の本田検地帳(下南室区有文書)は下南室村で仕立てられており高一三二石余、反別一八町余、うち田方九町余・畑方八町余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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