下宅部遺跡(読み)しもやけべいせき

日本歴史地名大系 「下宅部遺跡」の解説

下宅部遺跡
しもやけべいせき

[現在地名]東村山市多摩湖町四丁目

狭山丘陵を水源とするきた川の左岸、丘陵縁辺部から河道の低湿地を含む約二万平方メートルに分布する。都営住宅建替工事に伴って平成七年(一九九五)から発掘調査が行われ、縄文時代後期・晩期を中心に奈良・平安時代の遺跡が発見された。丘陵縁辺部と低地平坦部からは竪穴状遺構・粘土採掘坑・土坑群・配石墓などが発見された。旧河道の低湿地からは多量の縄文後期・晩期の土器石器のほか、動物の解体作業場を思わせる多量の猪や鹿の骨とともに飾弓を含む二〇本の弓が出土し、数ヵ所の水場遺構からは皿や鉢などの木製容器、高床建物の柱など大型の木組加工材や水晒し中の植物繊維および網代などが出土した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む