下小房村(読み)しもおぶさむら

日本歴史地名大系 「下小房村」の解説

下小房村
しもおぶさむら

[現在地名]蒲生町桜川西(さくらがわにし)

上小房村の西、佐久良(さくら)川北岸の平地に位置する。中世には綺田(かばた)庄として推移。永禄一〇年(一五六七)日野の浄土真宗興敬(こうきよう)寺の覚書(松原興敬寺文書)に「小房上下 五十家」とある。元和三年(一六一七)村の一部八四石余が彦根藩領となり、文久二年(一八六二)上知となった。寛永一〇年(一六三三)残り五〇〇石余は山城淀藩領となるが、寛文九年(一六六九)幕府領となり、延宝八年(一六八〇)から宝永二年(一七〇五)まで甲斐甲府藩領、幕府領の後、正徳元年(一七一一)から宝暦六年(一七五六)まで美濃加納藩領、天明二年(一七八二)から旗本岡部領となり、文政八年(一八二五)丹波福知山藩領となって幕末に至る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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