下市之瀬村(読み)しもいちのせむら

日本歴史地名大系 「下市之瀬村」の解説

下市之瀬村
しもいちのせむら

[現在地名]櫛形町下市之瀬

上市之瀬村の東、櫛形山東麓の市之瀬台地末端の急斜面に立地し、根方ねかたに属する。下一ノ瀬とも記す(甲斐国志)山寺やまでら村境をうるし川、塚原つかはら(現甲西町)境を市之瀬川がそれぞれ南東流する。幕府へ提出した郷帳では上市之瀬村とともに市之瀬村一村で高付けされているが、寛文期(一六六一―七三)から別々に年貢割付状が出されるようになった(櫛形町誌)。同一一年の一之瀬村検地帳(県立図書館蔵)では、当村にあたる一之瀬村下組の田高一六九石余・反別一二町二反余、畑高五一石余・反別七町三反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む