下延生村(読み)しものぶむら

日本歴史地名大系 「下延生村」の解説

下延生村
しものぶむら

[現在地名]芳賀町下延生

五行(ごぎよう)川を隔てて上延生村・塩之目(しおのめ)村の南方に位置し、北東は祖母井(うばがい)村。慶安郷帳では田五三二石余・畑一三六石余(ただし都合高は六九八石余)、宇都宮藩領。寛文四年(一六六四)の同藩領知目録にも村名が記される。元禄郷帳では高九三八石余で幕府領。改革組合村では幕府領と旗本杉原・杉田・川村の四給で、家数三〇。幕府領真岡代官支配地では定免法がとられていたが、天保一〇年(一八三九)春より冥加桐苗木を各百姓屋敷に一本ずつ植えさせ、嘉永四年(一八五一)定免年季切替えのときに伐採して納入させた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む