下早見村(読み)しもはやみむら

日本歴史地名大系 「下早見村」の解説

下早見村
しもはやみむら

[現在地名]久喜市ひがし四―六丁目・みなみ三―四丁目・下早見・河原井町かわらいちよう

上早見村の南東にあり、北の久喜本町久喜新町仏供殿ぶくでん落を境に対し、西境新川につかわ用水騎西きさい領に所属。正保四年(一六四七)検地があり(風土記稿)、田園簿によると、田高四四三石余・畑高二七〇石余、川越藩領。寛文四年(一六六四)の河越領郷村高帳でもほぼ同高で、反別は田方五七町二反余・畑方三八町一反余、ほかに新開高二七七石余、田方二一町八反余・畑方一四町五反余があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む