下有木村(読み)しもあるきむら

日本歴史地名大系 「下有木村」の解説

下有木村
しもあるきむら

[現在地名]宮田町下有木

なびき山の南東遠賀おんが川水系犬鳴いぬなき川支流の有木川中流域に位置する。北西は上有木村、南東は芹田せりだ村、南は水原みずはら(現若宮町)。小早川時代の指出前之帳では有木村として田七一町四反余(分米六四五石余)・畠一〇町三反余(分大豆四七石余)。文禄三郡内知行方目録では有木村高六九二石余がみえ小早川隆景に与えられている。ところで指出前之帳では宗像郡に属して上有木村がみえ、文禄三郡内知行方目録では鞍手郡として上有木村がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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