下東鰺坂村(読み)しもひがしあじさかむら

日本歴史地名大系 「下東鰺坂村」の解説

下東鰺坂村
しもひがしあじさかむら

[現在地名]小郡市八坂(やさか)

光行(みつゆき)村の西にあり、思案橋(しあんばし)川が流れる。北は上東鰺坂村、西は下西鰺坂村に接する。中世は鰺坂庄のうち。御井(みい)郡のうちで、久留米藩領古図に二つの東鰺坂村がみえ、当村の高六四四石余。正保国絵図では東鰺坂村一村であったが、元禄国絵図では上東鰺坂・下東鰺坂の二村に改めたという(啓忘録抜萃)。本高は六四四石余(元禄国絵図)。「在方諸覚書」では古高八三四石余・役高八一五石。享和二年(一八〇二)の春免高帳では高八一七石、文化四年(一八〇七)の畝付帳では本田四八町五反余・開田一町五反余・畑田五町一反余・畑五町八反余・居屋敷八反余。旧高旧領取調帳では高八三六石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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