日本歴史地名大系 「下桐村」の解説 下桐村しもぎりむら 新潟県:三島郡寺泊町下桐村[現在地名]寺泊町下桐北東は鰐口(わにぐち)村、南西は硲田(はざまだ)村。三島(みしま)丘陵の先端の一部が北東方向に向けて半島状に突出した丘陵周辺に発達した集落。正保国絵図には「下桐村」高四一六石余と「下桐新田」高四八八石余に分記され、ともに幕府領。慶安二年(一六四九)以降明治に至るまで村上藩領。貞享元年(一六八四)の郷村高辻帳では高九三三石余。文政七年(一八二四)の御案内帳(原田仁一郎家文書)では家数六三。島崎(しまざき)川流域の他の村々同様に洪水・湛水に悩まされ、村内には多くの堤があった。島崎川通りの川除堤五〇〇間、北東に位置する鰐口村との間の千間堤(長さ一千六〇〇間)、南西に隣接する硲田村、西方の沖積平地の中央に浮ぶ木島(きじま)村と鰐口村の四ヵ村を囲む柳場(やなぎば)堤(長さ三二三間)などがある。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by