下槻瀬村(読み)しもつきせむら

日本歴史地名大系 「下槻瀬村」の解説

下槻瀬村
しもつきせむら

[現在地名]三田市下槻瀬

木器こうづき村の北、東部大船おおふね山連峰、西部羽束はつか山山系で囲まれ羽束川両岸に小盆地が開ける。中世川辺かわべ多田ただ庄に含まれ、槻瀬郷と称された。応安元年(一三六八)四月八日、多田院(現川西市多田神社)の金堂修理供養料のため槻瀬郷内一〇一家分の棟別銭を納めている(「金堂供養棟別銭注文」多田神社文書)。永和元年(一三七五)七月二五日、多田院の法花堂・常行堂・地蔵堂造営のため槻瀬郷は八八家分の棟別銭を納めている(「諸堂造営料棟別銭郷村注文」同文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む