下檜沢村(読み)しもひざわむら

日本歴史地名大系 「下檜沢村」の解説

下檜沢村
しもひざわむら

[現在地名]美和村下檜沢

川が村内を北西から南西へ蛇行しながら貫流し、村の東西には青麻あおそ山などの山がある。西は上檜沢村。寛永一二年(一六三五)の水戸領郷高帳先高には「檜沢村」とみえ、同二一年の御知行割郷帳に「下檜沢村」と記される。「水府志料」によると戸数およそ二四二。同書に「太田辺より黒羽、烏山筋への往来也。絹及西野内紙、廿七枚切、十五枚切等の紙を製す。たばこは小谷香と称し此地の佳品とす」と記される。西ノ内紙の生産が盛んで、問屋並として水戸藩より公許された小室藤次衛門らに加え、明和五年(一七六八)には新問屋として平塚次郎兵衛らが公許された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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