日本歴史地名大系 「下甲村」の解説 下甲村しもぎむら 鳥取県:西伯郡中山町下甲村[現在地名]中山町下甲御崎(みさき)村の西、甲(きのえ)川の河口近い右岸に位置する。日本海に臨み、海岸線は断崖となっている。村名は甲川の下流に位置することによるという。八橋(やばせ)郡に属し、拝領高五六三石余、本免四ツ八歩。下池の池田氏、沢氏・清水氏・平井氏の給地があった(給人所付帳)。清水氏の物成米は赤崎(あかさき)村(現赤碕町)の三好屋・平野屋・松屋・播磨屋などに納められた(在方諸事控)。幕末の六郡郷村生高竈付では生高七〇〇石余、竈数五九。藪役銀三〇匁も課されていた(藩史)。文久二年(一八六二)の八橋郡村々諸事書上帳(峰地家文書)では林二四町余、家数六三・人数二八二。元治二年(一八六五)の八橋郡村々余業取調帳(河本家文書)では総竈数六三、うち余業を営む戸数一三で、内訳は大工・綿打各三など。寛延三年(一七五〇)当時の庄屋は茂右衛門であった(在方諸事控)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by