下粟野村(読み)しもあわのむら

日本歴史地名大系 「下粟野村」の解説

下粟野村
しもあわのむら

[現在地名]和知町字下粟野

下乙見(しもおとみ)村の北に位置する。上和知川が形成するやや広い平地に人家が集まっている。川沿いに仏主(ほどす)村と升谷(ますたに)村を結ぶ道が村を南北に通っている。下流域五ヵ村に及ぶ子来(ねごろ)新田の用水は当村から引かれる。山地の多い村で東は上乙見村、西は西河内(にしかわち)村、北は細谷(ほそたに)村。粟野は、中世の土豪和智衆三人の一人粟野氏の本拠地であった。園部藩領。

村高は元禄一三年(一七〇〇)丹波国郷帳では八三石余で、天保郷帳では一三五石余と六割余の増加。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む