下道川村(読み)しもみちかわむら

日本歴史地名大系 「下道川村」の解説

下道川村
しもみちかわむら

[現在地名]匹見町道川

匹見川の上流に位置し、東方の恐羅漢おそらかん(一三四六・四メートル)源流とする亀井谷かめいだに川が西流して匹見川に合流する。北東上道川村。匹見川右岸に春日かすが(九八九・二メートル)がそびえるなど、両岸に高山が連なり、積雪も一メートル以上に及ぶことも少なくない。中世疋見ひきみ郷のうち。元和五年(一六一九)の古田領郷帳に道川村とみえ、上道川村とともに一村で把握されていたが、その後上下に分村し、正保四年(一六四七)の古田領郷帳では下道川村として高九六石余、有高九八石余で免三ツ四分余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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