下鉢山村(読み)しもはちやまむら

日本歴史地名大系 「下鉢山村」の解説

下鉢山村
しもはちやまむら

[現在地名]豊岡市下鉢山

上鉢山村の北に位置し、出石いずし郡に属する。西は気多けた清冷寺しようれんじ村、北は城崎きのさき駄坂ださか村。村域南東部で六方ろつぽう川に穴見あなみ川が合流。鉢山村(上鉢山村)の枝郷で(元禄郷帳)、寛永一六年(一六三九)の知高帳、正保(一六四四―四八)頃成立の国絵図、天保郷帳では鉢山村に含まれている。江戸時代を通じ出石藩領。宝暦七年(一七五七)の但馬国高一紙では上・下別々に高付されており、当村の高一九六石余。出石封内明細帳でも高一九六石余、内訳は屋敷高一・八石余、麻畑高一・五石余、田高一七九石余、畑高一四・四石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む