下阿弥陀瀬村(読み)しもあみだせむら

日本歴史地名大系 「下阿弥陀瀬村」の解説

下阿弥陀瀬村
しもあみだせむら

[現在地名]村松町下阿弥陀瀬

仙見(せんみ)川の扇状地の扇央部に立地。南は阿弥陀瀬村、東は川内(かわち)村、北は矢津(やづ)村。「中蒲原郡誌」によると、阿弥陀瀬村北方の内野原(うちのはら)と称する荒地の開発により、万延元年(一八六〇)一一月に阿弥陀瀬村から分離して一村となる。同書によると、天保の大飢饉を機に同一四年、木越(きごし)村里正松尾藤左衛門が藩主堀直央に請願し、弘化三年(一八四六)に開発に着手。開田には福岡藤七・茂野清六・村松藩および大坂商人に資金援助を願出た。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む