日本歴史地名大系 「下高倉村」の解説 下高倉村しもたかくらむら 岡山県:津山市旧苫田郡地区下高倉村[現在地名]津山市下高倉東(しもたかくらひがし)・下高倉西(しもたかくらにし)東北条(とうほくじよう)郡に属し、北は上高倉村・大篠(おおささ)村、南は高野本郷(たかのほんごう)村・高野山西(たかのやまにし)村。元禄一一年(一六九八)以後も津山藩領。享保一三年(一七二八)東分・西分に分れる。明治五年(一八七二)合併して下高倉村となり、同一九年再び分村して下高倉東村・下高倉西村となる。正保郷帳では田方九一一石余・畑方一三三石余、元禄一〇年の美作国郡村高辻帳では一千三九八石余、うち改出高二六五石余・開高八七石余。寛政元年(一七八九)の津山領郡村高帳では西分本田畑五九九石余・新田畑三六石余・新開田畑一三石余、東分本田畑七一一石余・新田畑五一石余・新開田畑二二石余、天保九年(一八三八)の津山領郷村帳では一千四三二石余。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by