下鳥越村(読み)しもとりごえむら

日本歴史地名大系 「下鳥越村」の解説

下鳥越村
しもとりごえむら

[現在地名]珠洲市宝立町春日野(ほうりゆうまちかすがの)

南方(みなみがた)村の南方にあたり、垣内に宝立山(黒峰)麓に近い加護(かご)、製塩に伴って形成された中の釜(なかのかま)のほか、大畠(おばたけ)・堂(どう)ヶ平(ひら)があり、中の釜の辺りの海岸部を谷(たん)崎という。草分の宗十郎は鳥越村の生れで、もと法住(ほうじゆう)寺に仕えていたと伝える(珠洲郡誌)。この寺の境内の樹木伐採を禁じた応長元年(一三一一)一二月の藤原宗信禁制(法住寺文書)にみえる「北限加子内」の加子は加護と考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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