日本歴史地名大系 「下鷹狩村」の解説
下鷹狩村
しもたかがりむら
[現在地名]用瀬町鷹狩
鷹狩三ヵ村の一で、「因幡志」に「村の下に赤波谷の流ありて道をよこきりて大川に入る、其渡の橋を馬橋と云、長さ四間・横七尺、側民家あり馬橋村と云ふ、当村の内なり、村の西は智頭川にて此所よりタカセ舟を下す」とある。中世にはこの地域に
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
鷹狩三ヵ村の一で、「因幡志」に「村の下に赤波谷の流ありて道をよこきりて大川に入る、其渡の橋を馬橋と云、長さ四間・横七尺、側民家あり馬橋村と云ふ、当村の内なり、村の西は智頭川にて此所よりタカセ舟を下す」とある。中世にはこの地域に
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