世田山城跡(読み)せたやまじようあと

日本歴史地名大系 「世田山城跡」の解説

世田山城跡
せたやまじようあと

[現在地名]東予市楠 六軒家

東予市と今治いまばり市の境の世田山(三三九メートル)山頂にある城跡。東の医王いおう山と谷を隔て、北西の笠松かさまつ(三二七・七メートル)とは峰つづきで、東方にひうち灘、南方石鎚いしづち連峰を眺望できる景勝地。「伊予温故録」によると山城の大きさは、上壇東西七間、南北八間。下壇東西三間、南北一二間。これより一〇丈余り下に一壇あり、東西一二間、南北七間とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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